2025年9月18日に開催された社会保障審議会医療保険部会では、日本の皆保険制度を維持しつつ、超高齢社会を乗り切るための大がかりな改革案が議論されました。特に、「現役世代の負担をどう減らすか」「医療のムダをなくし、効率化するか」という点が焦点となっています
第197回社会保障審議会医療保険部会【令和7年9月18日】
私たちの医療費や保険料に直結する重要な論点ばかりですので、ポイントを絞って解説します。
1. 改革の土台となる大前提:現役世代の「重すぎる負担」
まず、なぜ今、制度を変える必要があるのでしょうか?それは、日本の人口構造の急激な変化に、今の医療保険制度が耐えられなくなってきているからです。
深刻な人口構造の変化
- 日本は世界でもトップクラスの長寿国です。しかし、生産年齢人口(働く世代)は減る一方です。
- 特に85歳以上の高齢者の数は2040年頃まで増え続ける見込みです。
- 訪問看護の利用者数を見ても、多くの地域で2040年以降にピークを迎えると予測されています。
働く世代への負担増
日本の医療制度は、現役世代が納める保険料が、高齢者医療を支えるための「拠出金」として多く使われる構造になっています。
特に、会社員やその扶養家族が加入する健康保険(協会けんぽや健保組合)では、支出に占める高齢者医療への拠出金の割合が非常に高く、現役世代の保険料負担が重くなっていることが問題視されています。
こうした背景から、国は「年齢に関係なく、能力に応じて負担し、支え合う」「全世代型社会保障」の構築を目指しています。
2. 医療のデジタル化(DX)とデータ活用の大波
医療の効率化、そして未来の医療研究のために、「デジタル化(DX)」と「データ活用」が一気に進められます。
マイナ保険証の徹底活用
- 政府は、2025年12月以降、マイナ保険証を基本とする仕組みへ移行することを強く推進しています。
- また、利便性を高めるため、2025年9月頃を目標に、スマートフォンでもマイナ保険証を使えるようにする環境整備を進める予定です。
医療データの高速活用へ
現在、国が持つ医療データ(NDBなど)を研究者や企業が活用するには複雑な手続きが必要でした。今後は、イノベーション促進のため、データの利用・解析をより迅速かつ円滑に行えるように、制度設計が見直されます。
特に注目すべきは、データ利用に関する考え方の転換です:
- これまでは、データ利用の「入り口」で、原則として患者本人の同意を得るという規制(入口規制)がありました。
- 今後は、プライバシー保護を大前提としつつも、利用者がデータを活用する段階(出口規制)で適切に対応するという考え方へ転換し、大量の医療データを円滑に使えるように法制度の整備を検討します。
- これにより、クラウド環境(HICなど)から研究者や企業が自宅や研究室からセキュリティを保ってデータにアクセスできるリモートアクセス環境の構築が進められます。
3. 病気になる前に対策!「予防・健康づくり」の強化
医療費の増加を抑えるためには、病気になってから治す「治療」だけでなく、病気になるのを防ぐ「予防」が不可欠です。
保険者へのインセンティブ強化
医療保険者(健保組合、国保など)が、加入者の健康づくりを積極的に行うよう、支援策(インセンティブ)が強化されます。具体的には、データヘルス計画に基づいて、レセプト情報(診療報酬の請求書)や健診結果を活用し、効果的な保健事業を推進します。
高齢者と子どもの健康支援
- 高齢者の歯科健診の推進: 後期高齢者医療広域連合が実施する歯科健診事業が支援されます。高齢者の心身の課題に対応するため、「保健事業と介護予防の一体的な実施」も全市町村で推進されます。
- 特定健診・特定保健指導の効率化: 40歳以上75歳未満を対象とした特定健診・特定保健指導 について、第5期に向けて、ICTなどを活用し、より効率的・効果的に実施するための実証が進められます。
4. 医療費の「ムダ」を削減する給付の見直し
持続可能な制度にするため、給付(保険でカバーされる範囲)と負担の公平化に関する議論が進んでいます。
OTC類似薬(市販薬のような薬)の給付見直し
- 特に注目されているのが、市販薬(OTC)と似た成分を含む医療用医薬品(OTC類似薬)について、保険給付のあり方を見直すことです。
- これは、「医療の質やアクセス、患者の利便性」に配慮しつつ保険制度の持続可能性を確保するための検討です。
- ビタミン剤、うがい薬、湿布薬など、これまでの見直し実績を踏まえ、早期に実現可能なものについては、令和8年度(2026年度)から実行を目指すとされています。
その他の給付・負担に関する論点
- 高額療養費制度の見直し: 自己負担の上限を定める高額療養費制度について、長期療養患者の意見も踏まえ、2025年秋までに検討方針を決定する予定です。
- イノベーションへのアクセス: 最先端の医療や高額薬剤について、国民皆保険を維持しながらも、民間保険の活用や、保険診療と保険外診療を組み合わせる「保険外併用療養費制度」の対象範囲拡大を通じて、患者が迅速にアクセスできる環境を整備する方向性も示されています。
- 金融所得の勘案: 保険料や負担額を計算する際、確定申告されていない金融所得も公平性の観点から反映させるため、マイナンバーを活用した具体的な制度設計が進められます。
5. 最新データで見る「医療費の増え方」
今回の会議では、実際の医療費の動向についても報告がありました。
- 令和6年度の概算医療費(速報値)の合計は48.0兆円で、前の年と比べて1.5%の増加となりました。
- 特に伸びが目立ったのは歯科医療費で、対前年度比で4.2%増と高い伸びを示しています。これは、歯周炎に関する医療費や件数の増加が影響しています。
- 薬局で支払われる調剤医療費は1.6%の増加でした。注目すべきは、ジェネリック医薬品(後発医薬品)の使用割合(数量ベース)が、令和6年度末で90.6%に達している点です。
まとめ
今回の議論は、2040年という超高齢社会のピークに向けて、「医療保険制度をどうスリム化し、持続可能にするか」という目標の下に進められています。
デジタル技術で医療を効率化し、予防を強化して健康寿命を延ばし、そして給付の範囲を見直す ことで、すべての世代が安心して暮らせる社会保障制度を目指すことが、今後の大きな方向性となります。
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